「聞けなかった」はマイナスじゃない。そのインプット、本当に必要ですか?
「いつもの放送を聴けなかった」
「みんなの投稿を追えていない」
「数日間、何もインプットできなかった」
そんなとき、なぜか置いていかれたような気持ちになることがあります。
でも最近、ボクは思うんです。
そのインプット、本当に必要ですか?
今回の記事を音声で聞きたい場合はこちら👇
https://stand.fm/episodes/6a55f3c8a0a00d2179fe5fb2
聴けない日があっても、何も失っていない
先週末は、暑さで身体がしんどかったり、娘が胃腸炎になったりと、金曜日から月曜日までバタバタしていました。
当然、いつも聴いている放送も聴けない。
コメントを見たり、誰かの発信を追ったりする余裕もない。
以前のボクなら、
「聴けなかった……」
「インプットできなかった……」
と、少し焦っていたと思います。
でも、本当にそれはマイナスなのかな?
情報を受け取らなかっただけで、
昨日の自分より後退したわけではありません。
むしろ、インプットを詰め込みすぎていることのほうがあるんじゃないか。
最近は、そんなことを自分に問いかけています。
つながる時間が、自分を見失う時間になることもある
投稿を読む。
誰かの放送を聴く。
コメントを送り、そこから会話が生まれる。
人とのつながりや応援の循環は、本当に大切です。
ボク自身、たくさんの人の発信から力をもらってきました。
ただ、そればかりになっていないか。
少し立ち止まる必要もあると思うんです。
SNSを見ない時間をつくっていても、
家に帰れば育児や家事がある。
スマホを置いたからといって、
自分と向き合えているとは限りません。
SNSデトックスと、自分との対話は別物なんですよね。
あえて「何も聴かない」を選んでみた
ある日、いつも聴いている夕方の放送がお休みでした。
そこでボクは、代わりの放送を探すのではなく、
あえて何も聴かずに過ごしてみました。
空を見上げる。
歩いている人を眺める。
「あの靴、いいな」
「帽子をかぶっているな」
「子どもの手を引いて歩いているな」
そんなことを、ぼーっと眺めていました。
一見、何もしていない時間です。
でも不思議なことに、
その間に頭の中が少しずつ整理されていったんです。
誰かの声が入ってこないからこそ、
自分の中にある言葉が浮かんでくる。
ボクに足りなかったのは、
新しい情報ではなく、
受け取ったものを整理する時間だったのかもしれません。
インプットには「消化する時間」が必要
どれだけ良い学びでも、受け取り続けるだけでは自分のものになりません。
食事と同じで、インプットにも消化する時間が必要です。
たくさん聴いたか。
たくさん読んだか。
それよりも、、、
「自分は何を感じたのか」
「何をやってみたいと思ったのか」
「この学びを、どう日常に生かすのか」
そこまで考えて、初めて自分の力になる。
ボクの放送だって、聴かなくていい
ボクは毎朝の放送を、なるべく5分から7分ほどに収めるようにしています。
忙しい朝でも聴きやすく、倍速なら数分で聴ける。
誰かの日常に、小さな気づきを一つ置けたらいい。
そんな気持ちで発信しています。
でも、あえて言いたいんです。
ボクの放送も、今のあなたに必要がなければ聴かなくていい。
・習慣だから。
・みんなが聴いているから。
・聴かないと置いていかれそうだから。
そんな理由だけで、
大切な時間を使う必要はありません。
今の自分に必要かどうかを、自分で選ぶ。
聴くことだけでなく、聴かないことも一つの選択です。
「何も入れない時間」をつくってみよう
インプットできなかった日は、マイナスの日ではありません。
もしかしたら、自分の中にあるものを整理するために必要な日かもしれない。
次の放送を再生する前に。
次の投稿を開く前に。
ほんの少しだけ、何も入れない時間をつくってみる。
その静かな時間に聞こえてくる自分の声が、
今いちばん必要な答えを持っているかもしれません。
あなたが今受け取ろうとしているそのインプット。
本当に、今のあなたに必要ですか?
改めて考えてみましょう。。。
そのちょっとした思考が、自分の時間を作って行くから。


